K先生の研究室には,超精密切削装置,レーザ加工機,砥粒加工装置など,大方の加工装置は揃っていた.その後も電子顕微鏡や外国製の表面性状測定装置などの評価装置が続々と揃っていった.研究室配属が決ってまもなく,各学生が研究で使用する装置を決めようと言うことになった.レーザ加工装置は人気があったが私はジャンケンに珍しく勝ってレーザ加工研究をすることになった.しかし,すぐにK先生からテーマが与えられるわけではなく,K先生の執筆された教科書と先輩から文献を見せてもらって基礎的な勉強を始めた.当時はファインセラミックスの開発が全盛期を迎えており、その加工が問題になっていた.機械加工では硬くて刃が立たないのである.そこでレーザを用いると熱加工でスパッと切断できるため,目覚ましい成果を上げていることが分かってきた.これを知って私もファインセラミックスのレーザ加工をやってみたいとK先生に申し出た.ところが,「他人のやっていない新しいことをやりなさい」と,あっさり却下されてしまった.加えて,「手を汚して実験をしなさい」「走りながら考えなさい」とK先生はおっしゃった.仕方なく,研究室にある材料を片っ端からレーザで穴あけしてみることから研究をスタートさせた.
暗中模索の実験中、金属材料のレーザ照射実験では,目が痛くなるほど(保護眼鏡はしていたが・・・)のプラズマ発生と耳が痛くなるほどの爆音に驚かされた.レーザ加工はなんてエキサイティングなんだと思った.そんなある日,石英ガラスにレーザを照射した時のことである。これまでとは違って発光せず,音もせずで全く加工できなかった.これは、調べてみれば石英ガラスがレーザ光(波長1.06μm)を吸収しない材料なので当然の結果であったが,素人の私にはこの当然のことが心に引っかかって仕方なかった.
ある展示会でのこと,企業の研究員に石英ガラスのレーザ加工が1064nmのレーザ波長で可能か質問してみた.その研究者は少し怪訝な顔をしてすぐに「できない」と断言した.分かりきった説明を散々聞いたその帰り道,「できない」という言葉がやはり気になった.もしかして「できない」ことが当たり前すぎて,誰も研究していないのではないか.もし石英ガラスにこのレーザ光で加工ができれば,他人のやっていない新しいことができるのではないか.心に引っかかっていたものが,やっと取れた思いがした.
それからは悪戦苦闘の日々であった.しかし一ヶ月後,レーザを吸収しやすく高温を発する液体を用いれば,加工穴が形成できることを見出すことができた.いま思えば,大した成果ではないが当時の自分には飛び上がるほど大きな喜びであった.K先生にこの成果を報告したら,大変興味を持って下さった.早速,なぜ加工できたのかメカニズムを徹底的に検証するよう言われた.しかし,その時正直なところ,「なぜ,わざわざ検証するのだろうか?」と思った.自分なりにメカニズムを想定し,できるかも知れないと思って試みた実験で実現できたのだから想定したメカニズムは正しいに決まっていると思ったのである.しかし,検証をしなければ、その想定したメカニズムが「事実」なのか、単なる「思いこみ」なのか分からないということをおっしゃったのである.このことは実験研究にとって,最も基本的で,最も大切な認識であることをこの時教わった.